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目標300キロ!
2007年09月26日 (水) | 編集 |
4週連続の3連休が続く2回目。

3日で300キロは走るぞ!と目標を立てた。

月末のJCRC塩原に、糸魚川以来大勢でマリアレディースが参加することになり、みんなモチベーションが上がっている。

1日目、塩原参加組で奥多摩檜原村役場まで走る。
往復145キロ。

2日目、アップダウンの練習をしたくて単独多摩川~20号~高尾~相模湖~道志道を走り道の駅までの125キロ。

3日目、お墓参りもコースに入れて川崎街道~聖蹟桜ヶ丘~百草園の激坂を上る75キロ。

走行距離345キロ\(^o^)/

1日目ニューフェイスの13歳のT君も一緒に走った。

T君の足に湿布薬がペタペタ!

「成長痛ってやつです。」

「若い子も痛みがあって大変だけど、おばさんたち(?たちって誰?)も老化痛があって大変なのよ!」
と笑い話で話していた。

翌日火曜日は、帰宅後2時間ほど昼寝をしてしまった。(^_^;)
足がパンパンでジーンズがきつく感じた。
夜の水泳の指導では、なるべく動いて筋肉をほぐした。

水曜日、朝から頭が痛い、帰宅後またまた昼寝。(-.-;)

おばさんの老化痛は 重くなるばかり…。
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日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会 No.4 レース中継
2007年09月19日 (水) | 編集 |
6部と女子は同時スタートで1.5キロまではパレード走行。
そこまでは全選手ゆっくり走る。

作戦としては、最後まで6部の男子の集団に混ざって走り、残った女子でスプリント勝負。
もしくは、女子だけで集団を形成して走る。
全く予想はつかなかった。
どちらにせよ、最初の1~2周は後ろから離されないように様子を見ることにした。

スタートの合図と共に、6部の男子21名と女子9名の30人の集団がゆっくりと走りだした。

最初のカーブを曲がり民家を抜けると、たんぼの中の一本道に出る。このあたりが1.5キロ地点。
パレード走行終了の合図と共にスピードがアップした。

ここは台風の影響か昨日より風が強く、向かい風。

離されないように後ろから様子をうかがって走っていると、4人の女子が集団の中をうまく走っている。

この6部の集団に混ざって走るようだ。
わざわざ抜け出すことはしないはず!(たぶん…)なので私も落車だけはしないように気を付けて着いていくことにした。

第2カーブを曲がると約3キロ地点。
少しスピードが上がる。

横風を受けながら、またまた、たんぼの中の1本道を約1キロ走る。

集団の女子の人数は私を入れて5人は変わらず。

少し上り坂の第3カーブを曲がり、そこから500メートル過ぎたあたりからだんだん上りになる。
ここが頑張りどころ。

ラスト1キロから下り、そしてゴール手前200メートルは少し上りというコース。

この500メートルほどの上りと、ゴールに入るまでの 下りでいかにスピードを出しスプリント出来るかが勝負のポイントだ(^O^)!

相変わらずの集団が勝負ポイントの坂にさしかかった時、スピードが上がった、とっさに反応し着いて行く。60歳代とはいえ流石!速い!

そのまま45キロ以上で下り坂を走り抜ける。

1周目が終わりスタート地点が過ぎた所でスピードが落ちた。
落ち着きを取り戻し回りを見ると女子の姿がない。????
2周回目、長い下りからの第1カーブを曲がり終えた所でもう一度確認。
やはりいない。

同じ東京都で6部に参加しているIさんに、「女子は来ていないみたいです!」と声をかけた。
「下がって確認してくるよ。」と偵察に。

暫くして、1.5キロ地点でIさんが上がってきた。
「女子はみんな落ちたよ。このまま安全走行で行けば優勝だから、無理しないで!」と声をかけられた。

なんだかホッと安心した…。
今までの緊張感が緩んでくる。

でも、ここで気を抜いてはいられない。監督の落車の後だ……。
慎重に離されないよう、転ばないよう最後まで男子の集団に着いて走った。

6部の優勝がかかった5周回目の上り!
すごいスピードになる。

辛うじて上りが終り、下りの途中まで着いていったが・・・離された。

安全にゴールすることが第一!(^o^)/
何度も練習したので一応ゴールスプリントを一人でして無事ゴール。(^_^)v

6部のIさんも55キロ超のゴールスプリント制し、堂々の2位に入賞した。\(^o^)/
いつもの大井での集団練習のようなレースだった。


日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会 No.3
2007年09月17日 (月) | 編集 |
いつものことだか試合の前は緊張して朝から何度もトイレに駆け込む。

8時半からの試走時間に仲間と2周回走り、カーブの入る位置、風の向き、スプリント地点を確認した。

9時半スタートの3部(45~49歳)4部(50~54歳)には、我がチームの監督が参加。
スタート地点で応援をした。
1周回目、先頭集団から少し遅れて通過、「頑張れ~!」と声をかけ2周回目を待っていた。

ちょうどそのとき地元の滋賀テレビにインタビューを受けた。
「地元の方々の応援が嬉しくて走る力になります!」と答えたあとに「ずばり狙いは?」と聞かれ「はい、できれば1位を。」と答えた。

女子の参加は9名、少ないとはいえ名前も顔も知らない西日本の選手ばかり、去年広島で一緒だった選手がわずか2名いるだけ。
でも1年で速くなっているかもしれない・・・。
ますます、緊張してきた。

2周回目の先頭集団が通りすぎた後、いくら待っても監督が来ない。
心配していると、救急車のサイレンが聞こえてきた。
嫌な予感が走った。

暫くして救急車が本部に来た。
監督の右手が三角巾で覆われ、ウエァーは破れ、あっちこっち傷で赤く腫れている。これから病院に行くと言う。
幸い意識もはっきりしているし話すことも出来た。
「心配しないでレース頑張って。」と言い残し救急車はサイレンと共に行ってしまった。

仲間にこのことを伝え、どたばたしているうちにレースの時間になってしまった。

日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会 番外編 No.2
2007年09月17日 (月) | 編集 |
20070917163932
「国宝彦根城」

今年は築城400年祭で盛り上がっている。

200709171639322
「竹生島の都久夫須麻(ちくぶしま)神社」

国宝指定
薄焼きの皿を投げ、鳥居の間を通ると願いが叶うといわれるかわらけ投げが体験できる。

日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会 番外編
2007年09月17日 (月) | 編集 |
20070917155344
写真は羽柴秀吉が築いた城を昭和58年に再興したコンクリート造り。現在は長浜市長浜城歴史博物館として公開。

東京都代表として一緒に行った仲間も6部で2位の成績!\(^o^)/

このまま帰るのはもったいないと言うことになり、祝勝会を兼ねて、湖北の長浜で一泊することになった。

ここ長浜は、スポーツマスターズのソフトテニスの会場になっていて、それらしき人が沢山いた。

老舗「茂美志屋(もみじや)」さんで、茹でたうどんと大きな椎茸の上にあんをとろりとかけた長浜名物「のっぺいうどん」の膳をつまみに、ささやかながら祝勝会&反省会&来年の高知で開催されるスポーツマスターズに向けての団結式(^_^;)をした。

17日(月)
長浜城→竹生島クルーズ→彦根城

お昼は近江牛のステーキ重+「みやおえん」の濃厚グリーンソフトクリームを食べ滋賀を満喫して帰路についた。

日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会 速報
2007年09月17日 (月) | 編集 |
20070917060835
写真は優勝商品のマスターズ特製金の(?)ブローチ

やりましたぁ~(^o^)/

同時スタートの60歳以上の6部の先頭集団にうまく着いていけたのは私だけでした。

2周回目からトップ集団の中にいるのは自分だけだと分かり、離れないように着いていきました。

2位と約3分差でゴール(^_^)v

広島に続いて2連覇達成。


日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会 No.2
2007年09月15日 (土) | 編集 |
20070915205913
開会式の様子。

ここ今津総合運動公園はなかなか素晴らしい施設です。

コースは、運動公園前からスタートし、たんぼの回りを回る公道を使用したもの。
1周6キロを5周回の30キロでほとんどフラット。

ゴールはまるでツール・ド・フランスのゴールの様に本格的。

わくわくしてきた。

200709152059132

今日は男性の35~39歳の1部と40~44歳の2部、48キロのレースがあった。

私たち女子は明日11時半のスタート。

日本スポーツマスターズ2007琵琶湖大会
2007年09月15日 (土) | 編集 |
昨年に引き続きマスターズの大会に参加するため滋賀県琵琶の西岸「近江今津」に来た。

関西で産まれ育った私だが滋賀県には全くと言っていいほど縁がない。
琵琶湖に遊びに来た覚えもない。

ここは「♪われは湖の子・・・♪」で知られる「琵琶湖周航の歌」誕生の地。

作詞者の小口太郎と原曲を作った吉田千秋に関する資料や当時の今津の様子を示す貴重な写真が多数展示されている資料館が駅前にある。
この歌の誕生秘話や歌詞の謎など、興味深い内容がある資料館だ。

この2日間は滋賀をおもいっきり楽しむ予定(^_^)v

<富士登山競走>結末 その4
2007年09月15日 (土) | 編集 |
8合目~ゴール 2キロ
関門 スタートから4時間30分後

去年は、8合目の通過タイムが関門1分前でも時間内完走者がいたと言う記事(ランナーズ)を読んだ。

「8合目を通過したからには何があっても諦めない!」
「全ての力を出しきろう!」
それが完走の鍵だ!と言うことも色々な記事を読み知っていた。

去年より練習は積んだから、頑張れば時間内完走は出来るはず・・・。

でも(-_-#)

頂上を見上げると、まだまだゴールは遥か先だ。

ここからは雪のために今年は試走が出来なかった。

えっ!こんなに急だったの?こんなじゃり道あったっけ?

不安が気持をだんだんと急降下させていく。

一歩一歩がだんだんと重くなってきた。
とそんな時、糸魚川の大会でいつも会うチームねこば○のKさんが大きなリュックを背負って応援しているのに出くわした。

まさかこんな所で会うとは・・・。

毎年8㍑もの水を背負いボランティアエイドをしているそうだ。
頭が下がる思いである。m(_ _)m

Kさんの応援を受け最後の力を振り絞り頂上目指した。

頂上からは物凄い声援が飛んでくる。
『まだまだ間に合うから、頑張れ~o(^-^)o』

9合5酌の鳥居を通過した時、回りのおじさんたちが「もう駄目だ、間に合わない。」 と口々にいい始めた。

やっぱりだめなのか(-.-;)

時計を見ると制限時間まで後13分・・・。

出来る限りは頑張ろう。ゴールは目の前。

急に頂上が静かになった。
やっぱり今年も駄目だったか・・・。

『タイムはまだまだ計ってるから最後まで頑張って~!』との声が聞こえる。

去年はたった3分遅れのゴールで、フィニッシュテープも計測器も全て片付け始められていてとても悔しい思いをした。

でも今年は、半分感動のゴールが味わえる(*^_^*)
よし!頑張るぞ。
少しでもタイムが縮むようゴールを目指した。

4時間33分19秒

私の富士登山は今年も制限時間内完走が出来ずに終わった。

来年の課題はロード区間をいかに早く走るか!



プロフィール

高松美代子(ドラミ)

  • Author:高松美代子(ドラミ)
  • 日本競輪学校第102回生。
    川崎競輪場所属。
    50歳からの第2の人生を競輪選手として輝かせます。



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